左近のさくら

 

1998年の夏に植えたさくらが、2000年に初めて花をつけました。
まるで子供がよちよち歩きを始めたような、そんな感動を覚えました。

親馬鹿とは承知のうえで、デジカメで写真を撮りました。

2000年4月30日その1 (156KB 640*480)

2000年4月30日その2 (152KB 640*480)

2000年4月30日その3 (115KB 640*480)

よろしければご覧ください。

 

花ぐはし桜の愛(め)で 同(こと)愛でば早くは愛でず 我が愛ずる子ら 允恭天皇 日本書紀
此花の一枝(ひとよ)のうちに百種の 言ぞ隠(こも)れるおぼろかにすな 藤原広嗣 万葉集 1456
世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 在原業平 古今和歌集 53
ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 紀友則 古今和歌集 84
花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせし間に 小野小町 古今和歌集 113
咲かぬ間の待ちどをにのみおぼゆるは 花にこころのいそぐなるらし 前関白右大臣師平母 風雅集
もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし 行尊 金葉和歌集 521

 ちなみに左近の桜とは。

 天皇の住まい紫宸殿の前庭に降りる階段の東西に桜と橘が植えてあったが、この付近を左右の近衛府が陣としたので、俗に左近の桜、右近の橘と呼ばれるようになった。これはもともと中国宮廷の習慣に習ったものだが、中国では桜ではなく梅を植えている。これは桓武天皇(仁明天皇とも)が遷都をした際に桜に植え替えたと言われている。

 

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